• タロとジロの犬種は?
  • タロとジロの剥製はどこにある?
  • タロとジロ、南極で生き抜いた犬たちのその後は?

南極探検の犬として歴史的にも有名なタロとジロですが、その犬種や剥製・南極から帰った後どうなったかご存知ですか?

今回は、タロとジロのその後について、調べてみたので紹介いたします!

 

タロとジロの犬種は?

タロとジロは、樺太犬という犬種でした。

 

クマのように長い長毛に覆われて、胸のところがツキノワグマのように白くなっているのも、樺太犬の特徴です。

 

樺太犬は、「からふとけん」ではなく、「からふといぬ」と呼ばれることもありました。

  • 種類:中型~大型犬
  • 体長:64~76cm
  • 体高:54~67cm
  • 体重:22~45kg
  • 性格:温厚で忍耐強く勇敢。リーダーある群れで行動することがある。
  • 人間との関係:忠実で従順。
  • 体毛:蜜毛で短毛種と長毛種にわかれる。

南極大陸で1年間生き延びたことで、世界中で有名になったタロとジロ。

 

樺太犬という犬種ですが、残念ながら純粋な樺太犬は、1970年に絶滅したとわれています。

 

しかし、他の犬との掛け合いなどで、血は引き継がれています。

 

今でも北海道で行われる犬ぞりレースなどで、樺太犬の血を引いていると思われる犬種が見られることもあるといいます。

 

シベリアンハスキーと並んで、北方地域で人気の犬種なのですね。

 

樺太犬の適正気温

南極の昭和基地のある辺りの平均気温はマイナス20度。

 

日や季節によってマイナス30度まで落ち込む日も。

 

タロとジロが生き延びたということは、樺太犬の耐久温度はマイナス30度まで生き延びられる可能性があるということですよね。

 

逆に、タロとジロのような樺太犬は、暑さにとても弱いのです。

 

タロとジロをつれた南極探検船の「宗谷」には、犬たちのために特別な「冷凍室」が設置されました。

 

日本から南極に行くまでの間に横たわっている、「赤道線」が犬たちの最大の弱点。

 

南極につくまでの間に暑さ死んでしまわぬように、わざわざ冷凍室が作られるほど、犬は南極探検に欠かせない存在だったのです。

 

タロとジロの剥製は?

タロ ジロ 犬種

タロとジロは、南極置き去り⇒生存によって、世界中から注目されました。

 

キャラ

映画も何度かリメイクされるほどの人気ぶり。

 

いまだに語り継がれる不滅の人気です。

 

そんなタロとジロを忍ぶために、2頭は死後「剥製」として生まれ変わりました。

 

タロとジロの剥製は、日本の別々の場所に展示されています。

 

タロの剥製のある場所

タロの剥製のある場所
  • 施設名:北海道大学北方生物園フィールド化学センター植物園
  • 住所:札幌市中央区北3条西8丁目
  • 電話:011-221-0066
  • アクセス:JR札幌駅・地下鉄さっぽろ駅・大通駅より、徒歩10分ほど
  • 公式URL:https://www.fsc.hokudai.ac.jp/

タロの剥製は、北海道の札幌にあります。

 

見て驚かれるかもしれませんが、タロってかなりでかいんですよ。

 

キャラ

パッと見ははっきりいって「小熊」な感じ。

 

毛も長毛でもこもこですもんね。

 

ちなみにタロとジロの父親の犬の名前は「クマ」ですw

 

キャラ

そのまんまのネーミング。

 

タロの剥製と一緒に展示されている、当時の南極探検の様子が写された写真もみることができます。

 

犬係だった隊員と、同じくらいの体躯を持つ犬たちが写されています。

 

犬ぞりなどの重い荷物を運ぶための犬ぞり用動物でもあったため、現代の「チワワ」などと同じ犬とは思えないくらい大きいですよ。

 

ジロの剥製のある場所

ジロの剥製もありますが、タロとは離れた遠い東京にあります。

 

ジロの剥製のある場所

 

ジロは東京にあるため、タロよりもよほど多くの人々の目に触れています。

 

「コレがあの有名な、タロとジロの、ジロだよ。」と、多くの人が国立科学博物館でジロをご覧になったことがあるでしょう。

 

しかもジロの剥製が展示されている斜め前には、有名な忠犬ハチ公の剥製が展示されています。

 

明らかにジロよりも人気ポジションに展示されているハチ公の後ろで、「これはツキノワグマの子供?」って感じで展示されているのが、ジロです。

 

ジロも、やっぱり「小熊」ポイ。

 

キャラ

樺太犬の長毛は、はっきりいって「小熊」にしか見えない。

 

胸のところにある白い毛も、樺太犬の特徴だといわれています。

 

ちなみに、大型犬に分類されたジロはもちろんですが、多くの来館者は「ハチ公ってこんなにデカイの?」ってところで驚きます。

 

キャラ

そう、ハチ公もジロも、想像以上にでっかい。

 

その大きさを実感するためにも、ぜひ国立科学博物館に足を運んでみてください。

 

タロとジロの剥製は、なぜ別の場所に?

ここで一つ、疑問が浮かび上がりますよね。

 

タロとジロ、なぜ別の場所に剥製が置かれているのでしょうか。

 

それは、タロとジロが死んだ時期と場所が関係しているのです。

 

1年間南極で生き延びて、保護された後すぐにジロは死亡。

 

極寒地での死亡後、剥製にされたために損傷も激しく、動かすのも難しい状態でした。

 

それに引き換えタロは長生き。

 

寿命をまっとうし、息を引き取った北海道の慣れ親しんだ地で剥製とされたのです。

 

詳しくは以下に書いていくので、ご覧ください。

 

タロとジロ、南極で生き抜いた犬たちのその後は?

タロ ジロ 犬種

タロとジロが1年間、人間のいない南極大陸で生き延びた事実は、世界中で感動を巻き起こしました。

 

そのたくましい生命力はもちろん、過酷な自然の環境で生き延びた後、飼い主への忠誠を忘れずにいたことも、人間にとっては嬉しい事実です。

 

タロとジロは、置き去りにされたときの隊員の一人・犬係であった北村泰一と再会した後に、再び保護。

 

そして、タロとジロは、その後別の運命をたどることになりました。

 

タロとジロを置き去りにしたことで、世界中から激しい批難を受けていたこともあり、2頭の生存は世界中で大きなニュースとして取り上げられたものです。

 

しかしその後については、あまり知られていませんよね。

 

ジロの死

南極の昭和基地に置き去りにされたタロとジロが、再び保護されたのが1959年の1月。

 

その後、再び調査のためにタロとジロは新しい仲間とともに南極探索の調査に使役されました。

 

その後、翌年の1960年に、ジロは南極の昭和基地内で死亡。

 

ジロは病死だったといわれています。

 

タロのその後

ジロに対して長寿を全うしたのがタロ。

 

タロとジロが保護された、南極での第4時越冬中には、調査隊に加わり、死んだジロを残して4年半ぶりに日本に帰国。

 

帰国後は、1961~70年まで、北海道大学植物園で飼われていました。

 

1970年の8月に、タロは老衰のため14歳で死亡。

 

死後はそのまま、タロが愛し、タロを愛した人たちに囲まれながら、北海道大学に剥製として生まれ変わったのです。

 

タロとジロの子孫

タロ ジロ 犬種

強い生命力と、変わらぬ忠誠心で世界中からいまなお愛されている、タロとジロ。

 

実はタロとジロの子孫は多く、今では日本中に散らばっているといわれています。

 

最初の南極滞在中に、タロとジロと一緒に犬ぞりなどで活躍していたメス犬のシロ子。

 

ジロの子ども

シロ子は最初の南極滞在中に、ジロの子と思われる8頭を出産しました。

 

世界中から批難を浴びた、「南極に犬たちを置き去りにした隊員たち」は、非道のようにいわれています。

 

しかし、命の優先順位を熟考した結果です。

 

そう、極寒の悪天候の中、ヘリに乗れる重量には限りがありました。

 

できる限りの命を乗せた結果、ヘリは重量オーバーで飛ぶことができなかったといいます。

 

ヘリ乗組員は、シロ子と生まれたばかりの命を優先。

 

母子の犬の命のために、予備の緊急用食料と燃料を破棄しました。

 

丈夫で強い体躯の成犬たちは、人間と、母子の犬の命を優先した結果、おいていかれたのです。

 

そして救われたのは、ジロの8頭の子供たち。

 

このとき、ジロの8頭の子供を産んだシロ子は、宗谷とともに帰国。

 

後にタロが余生をすごす、北海道大学で、シロ子も余生を過ごしたといわれていますが、詳細は不明。

 

タロとジロほどに注目されていなかった犬なので、あまり知られていません。

 

しかしタロがなくなったのも1970年と、決して古すぎはしません。

 

シロ子についても、北海道大学職員が、覚えている可能性は高いですよね。

 

タロの子ども

ジロの子どもをシロ子が産んだことは有名ですが、実はタロの子どもについてはあまり知られていません。

 

タロは「英雄の帰還」のように日本に帰ってきて、その後は北海道大学で9年間を過ごしています。

 

詳細が知られていなくとも、メス犬との間に子どもをもうけたことはうかがえます。

 

キャラ

残すべき優秀で生命力の強い犬ですからね。

 

2018年現在でも、たま~にネットなどで「タロとジロの子孫の犬!」などと里親募集を見かけることがあります。

 

その真偽は不明ですが、「タロとジロの子孫は日本中にいる」ともいわれているため、樺太犬の特徴を持った犬はもしかすると、タロやジロの子孫かもしれませんね。

 

タロとジロの再会

タロとジロの逸話は、日本中ばかりか、世界中に感動を巻き起こしました。

 

タロとジロの映像化

  • 1983年には、「南極物語」というタイトルで映画化。
  • 1984年には、「宗谷物語」というタイトルのアニメでタロとジロが登場。
  • 2006年には、かの有名なディズニーが「南極物語」としてリメイク映画化。
  • 2011年には、「南極大陸」として、TBSでドラマ化。

2018年現在にも、タロとジロの名が親しまれ続けているのも、こうした映像化による影響が大きいといえますね。

 

映像化によってタロとジロを知った多くの人々も、改めて、何度でもタロとジロを語りなおします。

 

タロとジロの剥製の場所

ここで、再びタロとジロの剥製の場所の遠さが浮かび上がります。

 

映画を見た一部のファンから「タロとジロが離れた場所にいるのはかわいそう」などの声が上がったそうです。

 

亡くなった時期に9年もの差があり、タロが過ごした場所に剥製として展示されるのは至極自然の流れに思えます。

 

が、人気のタロとジロの剥製を一緒にさせてあげよう!という運動も起きました。

 

キャラ

それほどに、タロとジロのファンが熱かったということがわかりますね。

 

そこで国立科学博物館と、北海道大学が協力。

 

1998年の9月、そして2006年の7~9月には、タロとジロ展などで、2頭は一緒に展示される機会がありました。

 

展覧会の時期を過ぎたら再び2頭は北海道大学と、国立科学博物館に帰っています。

 

タロとジロの不滅の人気から、今後も2頭が並んで展示される可能性も、きっとあると予想できますね。

 

タロとジロはなぜ鎖につながれて残された?

最後になりますが、タロとジロを南極に置き去りにするのはともかくとして、

「なぜ自由に野に放たなかったの?」

「鎖でつなぎっぱなしなんてかわいそう!」

という批難の声も上がったようです。

 

南極という極寒の地で、悪天候。

 

比較的気温の高い夏に、昭和基地の隊員を交代することからもわかるように、他の寒い気候の時期に出入りするのは至難。

 

宗谷号は悪天候のため昭和基地に行くことすらできませんでした。

 

変わって、昭和基地の近くにいたアメリカ海軍「バ号」の支援をうけ、バ号と昭和基地の空便で脱出準備。

 

バ号ですら、氷河海域を抜けられなくなる危険にさらされていました。

 

船のバ号と昭和基地を行き来するヘリには「できる限り多く」の命が乗せられました。

 

ジロの8頭の子どもを産んだシロ子たちを乗せるために、非常用食料や燃料は破棄されたといいます。

 

ぎりぎりの命の選択。

 

しかしどうせ置いていくのなら、自生できるためにも、鎖にはつながないで欲しかった…そんな声も根強くありますよね。

 

すぐに交替の隊員が行く予定だったから

当初は、交替の隊員がすぐに基地に戻る予定だったからと言われています。しかし天候の悪化で断念。

 

南極の1度の探検のために、今でさえ年間数十億円の税金が投入されています。

 

1度南極に行くのには、莫大なお金と労力がかかるのです。

 

それらの準備が整い、再び南極に足を踏み入れることができたのが、1年後だったのでしょう。

 

生態系を守るため

南極探検隊は、南極の気候や生態などを調査。

 

犬、という獰猛な肉食獣を野に放つことで、南極の生態系が著しく変化することが予想できます。

 

欧州から犬を持ち込んだために、多くの種が絶滅したオーストラリアの例もありますよね。

 

自然の生態系を狂わさないためにも、犬という獰猛種を野に放てないのは、倫理的な判断だという声もあります。

 

犬によって起こった被害

タロとジロの人気ばかりが重視されていますが、逆の視点でものを見る人もいます。

 

それはかの有名な「ドラえもん」の作者である、藤子不二雄さん。

 

SF短編「裏町裏通り名画館」の中で、突如現われた犬たちに食い荒らされる、アザラシ親子の苦難を描いています。

 

また、SF作家の星新一もまた、急に現われた獰猛な犬に捕食されるペンギン視点の作品を書いています。

 

「犬たち置き去り、かわいそう!」の世間の強い波の中で、シュールな視点で逆面から物事を見る目は、さすが創作者といわざるを得ませんね。

 

また、「かわいそう!」と、人間の生活に近い犬目線で物を見るよりもよほど、地球の生き物に平等な視点であると言えます。

 

なぜ犬を連れて行った?

と、ここまで書くと「じゃあそもそもなぜ犬を連れて行ったの?そんな危険なとこに連れて行かなければいいじゃん!」という意見も出そうです。

 

南極探検隊の意義は、幾つかの成果を上げています。

 

有名なのはオゾン層に空けられた穴の発見。

 

オゾン層が破壊され続ければ、人体に有害な太陽光線を直接浴びることに。

 

南極探検は、オゾン層破壊の原因とされたフロンガスの使用を、急きょ世界中で禁止するなどの活動にもつながりました。

 

過去や未来の地球を知ること。

 

歴史や科学を解明するという目的から、南極探検は有益な成果を上げているといえるでしょう。

 

今でこそ「スノーモービル」という雪原上を走るマシンがありますが、1950年代には犬ぞりが一般的でした。

 

馬や牛などのそりを引く動物は南極の気候に耐えられません。

 

マイナス30度にも耐えられて、人間に忠実な生き物として、南極探検に犬はなくてはならない生き物だったのです。

 

もしも犬ではなく、南極探検に連れて行かれた動物が、馬や牛であったなら、これほど多くの関心を惹いたでしょうか。

 

まとめ

  • タロとジロは大型の樺太犬であった。
  • 純粋の樺太犬は1970年に絶滅。
  • だが、タロとジロの子孫は日本中に広がっている。
  • タロの剥製は北海道大学に、ジロの剥製は東京の国立科学博物館に展示されている。
  • タロとジロは、1年間南極大陸で生き延びた後、再び南極探検隊に保護され、その1年後にジロは病死。
  • タロはその後日本に帰り、北海道大学敷地内で飼育され、1970年に寿命を全う。
  • 最初の南極探検の際に、ジロの子どもを産んだシロ子という犬は、無事帰還。
  • 北海道大学で飼育されていた際に、タロの子どもも多数生まれたと想像できる。
  • タロとジロの剥製は、北海道と東京、という離れた距離にあるものの、たまに展示会などで2頭一緒に見る機会もある。
  • タロとジロは、南極の生態系を守るために、鎖につながれた。

ちなみに、タロとジロ以外にも、南極に残された犬はいました。

 

鎖につながれたまま、凍死していた犬も。

 

タロとジロは特に、「首輪を抜くのを得意とした」犬だったらしいです。

 

昔我が家で飼っていた犬も、首輪抜けが得意で、よく脱走していました…。うちの子も生命力が高かったんでしょうね…。

以下の記事もご覧ください。


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